コスモス50歳からの生前整理

今ある人生で満ち足りた時間を創り出せたらと思います。

【もしも料理店】意外な食材だけど慣れてくる 田丸雅智 小学館

お客様の話を聞いてからメニューを考えて料理を作る。

食材も以外な食材ばかりで、初めは不思議な感じがするのですが、次第に慣れていきます。

 

【もしも料理店】セリフ集

第1話 食材 自動車
P10 何も言えない

何かを言いたい気持ちに駆られる。

でも、かけるべき言葉が見つからず、もどかしい思いになる。

 

悩んでいる友人を見ると、若い頃は(何か言わないと)と焦っていましたが、今は寄り添いただ側にいるだけでいいんだと思っています。

 

P19 言い訳

自動車を食べるだなんて最初はびっくりしましたけど。

おすすめして頂いて本当に良かったと思います。

中略

私はそれを言い訳にして挑戦することからただ逃げていただけだったなと反省しました。

勿論今は不安もたくさんありますけど、勇気を振り絞って引き受けてみることに決めました。

 

食材が自動車と初めは変な感じですが、読みながら脳がそれを食材として認識しようとするのです。

 

向き合うのもいいし、辛かったら逃げてもいい。

 

他人がどうこう言うのではなく、結局決めるのは自分なんだと思います。

第2話 食材 月
P37 光

目の前の青い星で生きる人々に、命に、今日も変わらず黄金色の光を届けつづける。

 

私が普段当たり前に歩いている道。

 

足が悪い友人が歩くと、ちょっとした坂や凹みがとてつもない恐怖に見舞われる事を知りました。

 

彼女と別れ今度は、自分が足が悪いと想定し、同じ道を意識して歩いてみると、何気に歩いていた道が、足の悪い人にとってこんなにも怖い気がすることを知りました。

 

何気に過ごす日々も意識し感謝すると、世の中が違って見えてくるのだと思いました。

P38 構える

月みたいにどしんと構えて、誰かを見守れるような存在になりたいなとも思いました。

 

ずっとドンと構えたいと思っているけれど、私の性格上難しい。

 

それでもいるだけで、誰かを見守れるそんな人になりたいと思っています。

第3話 食材 マウスポインタ―
P50 変化

お客様の気持ちを想像して、胸が痛む。娘さんとの行き違いのことはもちろん、身体の変化のことだって誰もが通る道だとはいっても、いざ当事者になると思うところはきっと少なくないのだろう…と。

 

どれだけ頭でわかっていても、実際その道を通るとやっとその苦しい意味がわかるものです。

 

なんでも体験してみないと分からないもの。

 

いろんな事を経験した人が優しくなれるのは、誰よりもその痛みが分かるから。

P56 出来ること

できないことが増えていくのにはやっぱりさみしいなと思いますけど、

でも、がんばっても自分でできないことなんて、もともとたくさんあるわけで、そういうことはさっさと変わりにやってもらったほうが、かえって出来ることが増えるかなと思えました。

 

介護ってそういうことなんだろうな。

 

気をつけたいのは、自分でやろうという気持ちと、やってもらった時には感謝の気持ちが大切だなと思う。

 

当たり前はないから。

 

P57 支え合う

人それぞれ、さまざまなご事情やお考えがあるかとは思いますが、個人的にはお互いが支え合ったり補いあったりして、日常がいっそう素敵なものになればいいなと願っています。

 

私もそう思います。

 

第4話 食材 ウォータースライダー
P75 恐怖

のぼるにつれて高さがでてきて、そっと下をのぞいて怖くなった。

なんとかスタート台にたどりついたはいいものの、入口の向こうの急な斜面や勢いよく流れる水に今日はますます増してきた。ためらう優の後ろからは他の人がどんどん追い抜いて飛び込んでいくも、なかなか足を踏み出せない。

 

何をするのも初めは怖いものです。

 

勇気を出して一歩進むことはとても大切なのだと思います。

 

P75 ワクワク感

飽きることなく何度もなんども滑り降りた。

あのときみたいな感覚を、今の自分はちゃんと持てているだろうか。

 

何度も何度も滑り台やぶらんこをしていた子どもたち。

 

同じ本を何度も繰り返し読んでいた当時の記憶が蘇ります。

 

第5話 食材 虹
P82 学ぶ

見て盗む

気づいたことはメモ。家に帰ってから改めて思い出しながら清書。

 

メモを見ながら何度も自分なりにまとめて清書する。

 

仕事って実践と復習で習得するんだよなぁ。

 

【もしも料理店】の食材は意外だったけれど、作者の伝えたいことが食材から思い出せるようになっていたのかなと思います。

 

言葉や物の見かたを変えてみる、私には苦手なことだけれど、自分の気持ちを相手に伝えるためには、どうすればいいのかを考えさせられた気がしました。

 

 

【中年の危機】とエンディングノート

日本経済新聞の記事で「ミッドライフクライシス」という言葉を初めて知りました。

キャリアや子育てが一段落したタイミングで精神的に不安定になる状態で「中年の危機」とも呼ばれるそうです。

※すべて私の経験を基に、旅先や知人の話風景などを交えて、再構成したフィクションになります。

中年の悩み

私はアラフィフです。

 

同じ年代として「中年の危機」とはどういった状態で、どんな悩みがあるのかなぁと読んでいると、私や友人と似たような意見が多く、とても共感できました。

 

友人たちとの会話のなかでも1番多いのが、「私ずっとこの仕事続けていくんかなぁ」「私の人生こんなもんか」と感じたことがあるということ。

 

また、出勤はしているけれど、「仕事がおもしろくない」「やる気がでない」といった内容もよく聞きます。

 

50歳になり、こういった事を、より感じる事が多くなったのかもしれません。

 

心身共に健康な状態で、あと何年生きられるか分からない不安に加え、貰えるかどうか分からない年金に、団塊ジュニアの私たちを支えてくれる次世代の子どもたち等、考えだしたらキリがありません。

 

記事にも体力の限界や疲労を感じ、健康に不安を覚えるといった症状が圧倒的に多かったです。

 

 

モヤモヤから抜け出すために

では、「頑張りたいのに頑張れない」といった気持ちから抜け出すにはどうしたらいいのでしょうか。

 

モヤモヤから抜け出す方法は、自分が「やってみたかったこと」を願望の形で「書く」また書いた内容を「やってみる」ことなんだそうです。

 

私が50代に入って思ったこと

・私の人生は私のものだ。

・何をするかは私が決める。

・何がベストか、誰にもわからない。

・頭で考えず、とにかくやってみる。

・やってみて違うと感じたら、やめてもいい。

 

これは私の理想です。

 

けれども、やりたくてもできないのが現実。

 

例えば仕事。

 

多くの方が、生活の基盤になる仕事をすぐにはやめられないと思います。

 

何が正解か分からないけれど、人生の選択肢を知るきっかけとして、自分と向き合い、小さな希望から少しずつやりたい事に近づけるようにしていければいいと思っています。

 

50代に入って行動した事

7年間働いていた仕事を退職しました。

 

今は新しい仕事や世界一周旅行に向けて、そして、生前整理アドバイザーとして、後悔が少ない人生を送れるようにしています。

 

私は家族がいて恵まれています。

 

それを当たり前に思わず、毎日を共に過ごせる事が幸せだと日々感じています。

 

夫も、仕事を辞めたいかもしれません。

 

それでも、まず私のやりたいことを応援してくれています。

 

そのことに、とても感謝しています。

 

エンディングノートを書いておく

とにかくやってみることで、一番はじめやすいのはエンディングノートを書く事です。

 

「子どもに迷惑をかけたくない」といった話をよく聞くのですが、生前整理をして思うことは、何か対策をしているか?と尋ねるとほとんどの人が何もしていないという事です。

 

多くの人がエンディングノートを購入し、手元にある事で書いたつもりになるようです。

 

エンディングノートを書こうすると、自分が気づいていないこと、言いたい事が何か?整理がつかないこと、そして伝えたい相手に言い残している事があることに気づきます。

 

例えば、お葬式。

 

「適当にやってくれればいい」とか「どこかに散骨してくれればいい」と言い残す人が多いのですが、後に遺された人はどうすれば分からないから困るのです。

 

遺された人は、亡くなった後の手続き等、しなければいけない事がたくさんあります。

 

それらは期限が決まっていることが多いです。

 

子どもたちに迷惑をかけたくないといった気遣いから出た言葉だとしたら、たったそれだけの言葉では、後に残された者にとって、迷惑をかけるということを、知っておかないといけないと思っています。

 

エンディングノートを書くということは、自分にとって「こうなればいい」という理想や願望が見えてきます。

 

そういったことから、今後「どうすればいいのか」漠然としている不安が少なくなると思うのです。

 

何が正解なんて分からないけれど、残り少ない人生をいかに笑って過ごせるか。

 

中年の危機を乗り越えるためにも、常に自分と向き合っていきたいと思っています。

【生前整理】おひとりさまの介護と介護のための同居

1人暮らしの人にとって介護が必要になった時、どうしたらいいのでしょうか?

また介護のため将来的に親と同居と、どう違うのでしょうか。

 

※すべて私の経験を基に、旅先や知人の話風景などを交えて、再構成したフィクションになります。

 

「介護」というのは、元気なうちはなかなか想像がつきにくいことです。

 

けれども、年齢を重なる度に出来ることが1つずつ減っていきます。

 

家族がいても、全く交流がない高齢者。

 

家族がいなくても、社会と繋がりがある高齢者。

 

おひとりさまと子どもがいる人との違いはあるのでしょうか。

 

jibunnnoikikata.hatenablog.com

 

2050年の日本は、1100万人近い高齢者が1人で暮らしながら人生の最期を迎えるそうです。

 

その中に私も含まれています。

 

要介護になり、自身でお金をおろすことさえままならない。

 

そんな時、誰が金銭管理をし、入院手続きをし、死後の手続きを行ってくれるのでしょうか。

 

両親を含め、周りにいる高齢者の方を見ていて、自身が高齢者になった時を想像すると恐ろしくなります。

死を意識してみる

「明日死んだら」と考えた事がありますか?

 

アップルの創設者スティーブ・ジョブズは56歳で亡くなりました。

 

彼の残した名言にも、こうあります。

 

もし今日が人生最後の日だったとしても、私は今日やろうとしていることをしたいか?

 

「死」について考えたり、話しをするといったことは「生」や「今」をより意識することだと思うのです。

 

私は「本人がどうしたいのか?」といった本人の意思決定があれば、家族がいても、いなくても、同じではないかと思います。

 

私は生前整理アドバイザーとして多くの人に、「死」について話すことは「今」を大切に生きるということを伝えていきたい。

 

「生前整理」は「死に支度ではなく、自分と向き合うこと」なのだという意識を持ってもらいたいと思っています。

 

先日高齢の知人が入院しました。

 

入院の手続きには、何枚もの書類に住所、名前、入院する本人の状態などを記入する必要があります。

 

知人には娘さんが1人いますが、遠く離れた場所で住んでおられます。

 

高齢者夫婦なので、老老介護。

 

耳も聞こえず指が震え文字も書けない、そんな状態です。

 

それでも、誰かが書類を記入しなければいけないのです。

 

残された高齢の妻は、病院に運ばれた夫の状態を医師から説明され、CT結果で入院が決まり、精神的に参っている状態です。

 

説明はされたものの、耳が聞こえないので、よく分からない。

 

そんな状態で、病院の待合のソファにて、大量の書類を記入するのはとても疲れます。

 

介護保険を利用されているのであれば、現在はケアマネが付き添ってくれるかもしれませんが、あと20年もすれば人手不足が理由で1人で手続きせざるを得ないかもしれません。

 

時代が変わり、書類の記入がなくなるかもしれませんが、手術の同意など、決定しないといけない事はたくさんあります。

 

決定権は自分

そんな時、本人がどうしたいのか?

 

本人の意思決定があれば、困ることが少なくなるのです。

 

人はいつ病気になるか分かりません。

 

出来るのは健康な「今」なのです。

 

困りごとを書きだす

自分が弱り、亡くなるまでの困りごとを洗い出してみる。

 

延命治療のこと、介護のこと、自分で自分がどうしたいのか知ってみること。

 

これがとても大切なのだと思います。

 

介護のために同居する?

自分の体が何を欲していて、何が嫌なのか、どうして欲しいのか。

 

お医者さんや家族がこういったからなどと、周りの人の声を聞き過ぎないこと。

 

自分で自分がどうしたいのかを知る事ってとても大切だと思っています。

 

「介護のための同居」についてのアンケートがあった記事を読んだのですが、親世代の方が同居に消極的だったことが分かりました。

 

理由は、「子に負担をかけたくないから」が一番多かったそうです。

 

「負担をかけさせるなんて」と思うかもしれないけれど、「自分がどうしたいのか?」ヘルプを出してもらえなかった辛さのほうが、(あのときあの選択でよかったのかな)と後で後悔されると思うのです。

 

末期癌の方は、本当は自宅で最期を過ごしたかったのですが、家族に「頑張れ」と言われ、病院で苦しい治療をされた方もおられました。

 

自分の価値観でコントロールしたがる家族はいます。

 

「母はこうじゃないから」「もっとこうしてほしい」と病院側にお願いされるかもしれません。

 

本人がそう思っていなくても。です。

 

「家族を失いたくない気持ち」と「本人の気持ちを受けいれる気持ち」

 

私は、本人の気持ちを受けいれることも愛情の1つであるということを、忘れてはいけないのだと思うのです。

 

子どもがいても、いなくても、大切なのは「自分の気持ち」

 

まずは、元気なうちに将来の不安を取り除くことからはじめてみませんか。

 

 

【人生】について考える 

 

人生は一度キリだけれど、何度でもやり直せると思っています。
気づいた時から。何歳になっても。

【人生】について考える

健康診断

毎年行われる健康診断。

 

(食事と健康管理をしっかりやらないと)と思うのは、健診結果が分かった時だけでした。

 

アラフィフともなると、年齢的なことを考えれば色んな所にガタがくるので、より健康に気をつけないといけないのに、目の前にあるお菓子の誘惑に負けてつい食べてしまいます。

 

私は「あすけんダイエット」で毎日食べた物を記録しているのですが、1週間に食べたものについてアドバイスされる「7日間アドバイス」では毎回お菓子の食べ過ぎで、飽和脂肪酸がダントツ摂取オーバーです。

 

飽和脂肪酸とは、バターや牛脂などのこと。

 

食事で摂取していなくても、お菓子で摂取オーバーしているのでした。

 

これらは常温になると固体になることが多く、悪玉コレステロールが増えます。

 

毎度毎度控えてはいるつもりなのですが、毎年数値は上がっていきます。

 

食べていないつもりでも、たくさんお菓子を食べてしまっているのでした。

 

また女性の場合、閉経すると悪玉コレステロールが増えるということでした。

 

これからは、お菓子を果物にシフトしていきたいと思っています。

 

人生

私はたくさん失敗しています。

 

何度もこけては自分で立ち上がって、ゆっくりですが、自分の道を歩いています。

 

なので人生は何度でもやり直せると思っています。

 

思いがけない不幸にも見舞われましたが、その事がきっかけで、今までとは違う「幸せ」に気づける事も出来ました。

 

今は自身の人生を振り返り、気づけたことに感謝しています。

 

自分の気持ちを伝えたいけれど

カフェでお茶をしていると、こんな会話が聞こえてきました。

 

A:「言えませんよ。そんなこと言ったら怒られるだろうし。」

 

B:「何言うてんの、そんなん言わな、相手にわからへんよ。相手に分かって欲しいんやったらそう言わな。察して欲しいなんて考えてたらあかんで。」

 

なるほど。

 

Aさんは、権力を持っているであろう誰かに、意見を言いたいけれど相手に言えずにいる。

 

Bさんは、自分の思いを相手に伝えるべきだと言っている。

 

(誰かに自分の意見を言いたくても言えない時ってあるよなぁ~)そう思いました。

 

教師と生徒、親と子、上司と部下など、相手に権力があると特に言えないのです。

 

言えないのはなぜ

どうして言えないのか。考えてみました。

 

例えば、社長と従業員の場合。

 

ワンマンな社長に対して誰も意見出来ません。

 

その理由は、自身の立場を考えたとき、仕事を辞めさせられることにでもなったら、今の生活ができなくなってしまいます。

 

そう考えると、なかなか言い返す事も出来ません。

 

親子の場合。

 

その時言えなかった理由は、介護の場合だと相手(子)に迷惑がかかるからかもしれません。

 

また、家族にも言えないくらい何かに追い詰められていて、死ぬまで言えないといった場合。

 

その本質には、ヒミツにしている内容を口にしてしまった時、そのことで相手が怖い相手に目をつけられたり、差別されたりと、何かしら悪い影響があるかもしれないという不安があるからだと思います。

 

立場が弱いと相手に言いたくても、言いだせない場合がほとんど。

 

そんな身体や心の痛みを、1人で背負う理由は、大切な人や守りたい人がいるからではないでしょうか。

 

自分1人だと我慢できることでも、守りたい相手がいるなら、なかなか言い出せないことって結構多いのではないかと思ったのでした。

 

「言えばいい」と他人事のように言うのは簡単だけれど、いざ自分の周りにそういったことが起こったら、人は手を差し伸べてくれるかなんて、分かりません。

 

面倒な事にはかかわらないようにしようと逃げてしまうこともあります。

 

自分が何かを背負わされるのは、誰だって怖いのだと思うのです。

 

カフェでのAさんは、その時言えない「何か」があった。

 

話の前後の内容が分からないので何ともいえませんが、もし、相手の心の中に「何か」があるのなら、じっくり相手の話を聞く事が大切です。

 

正論をいうBさんを見ていて、以前の私みたいだなと思いました。

 

「そんな事分かってる」と思うような正論を、まるで勝ち誇ったかのように、相手に言っていたかもしれません。

 

そういった人たちに対して、「自分は弱い人間だと思われたくなかった」のだと思うのです。

 

そんなことを考えていると、今住んでいるこの世の中で、辛い気持ちを一人で抱えることなく、相手を信用し、安心して話せる居場所があったら、どんなに良いだろう。

 

そう思うのでした。

 

人生観

シングルマザーの元同僚は40代で看護師になりました。

 

ある時こんな会話がありました。

 

私:「40代で看護師デビューやったもんね。カッコいいね。」

 

友人:「あ~けどそれで、私の人生観大きく変わったんよ。」

 

私:「え?どんな風に?」

 

彼女は、看護師になったばかりの頃、患者さんの病気が治るように、健康になるようサポートするのが、仕事だと思っていました。

 

いわゆるゴールは「病気の完治」です。

 

けれどもいつ頃からか、(この人の幸せって、なんだろう)と思うようになったそうです。

 

「苦しい」とか「辛い」とか患者さんが伝えても、「リハビリしなさい」「頑張って」って励ますだけだったそうです。

 

それが癌患者さんと接するようになってから「自分が出来ることはなにか」ということを考えるようになったそうです。

 

ゴールに「死」しかない患者さん。

 

例えば、患者さんがタバコを好きだとします。

 

以前はタバコを吸うなんてとんでもない。「すぐにやめなさい」って怒るだけでしたが、末期の癌患者さんに、(大好きなタバコをやめさせてなんの意味があるんだろう)と考えるようになったんだそうです。

 

その人がタバコを好きなら吸ってもいーやん。

 

それから(自分にできるサポートは何か)っと考えるようになったそうです。

 

そして、「その人がどんな生き方をしてきたのか」「何が好きで何が得意な人なのか」そういうことを知ろうと思うようになったんだそうです。

 

相手のことを知らないと「その人に対し、どういったサポートをしたいのか」わからないから。

 

人の「生き方」って1つじゃない。

 

色んな形の「生き方」があってもいいのだなと思いました。

 

生前整理を考えると、「知らなかった」、「気づかなかった」ことが見えてきます。

 

自分の人生について、じっくり向き合ってみませんか。

【ライオンのおやつ】と生前整理

「食堂かたつむり」「小鳥とリムジン」、「針と糸」を読み、ようやく読みたかった【ライオンのおやつ】を読むことが出来ました。

 

【ライオンのおやつ】あらすじ

※エピソードはすべて私の経験を基に、旅先や知人の話風景などを交えて、再構成したフィクションになります。

※ネタバレ注意

 

癌宣告を受け、残りの人生をホスピスで暮らす事にした主人公がそこで出会った人たちとの交流を描いた物語。

【ライオンのおやつ】と癌で去った友人たち

ステージ1であれば、治る可能性が高いといわれている癌ですが、私の周りは若くして癌で亡くなった友人たちが多いように感じています。

 

友人は42歳の時に癌で亡くなりました。

残された子どもはまだ幼稚園児でした。

 

元職場の同僚も癌で亡くなりました。

65歳でした。

 

47歳で思春期の子がいた友人の夫や55歳で亡くなった知人など、他にも癌で亡くなられた方は多いです。

 

そして知人(55)が今、癌と闘っています。

 

ステージ4で治療方法はなく、ホスピスへと行く段階にあります。

 

何も出来ない私ですが、少しでも痛みが和らぐ事を祈るばかり。

 

共に暮らしてきた相手と残りの人生を1日でも長く一緒に生きたいという強い思いと、ホスピスに入った方がいいのかと日々揺れ動く気持ちには胸が詰まります。

 

小説のセリフを読み、同じ病気を持つ家族の気持ちが少しでも和らいでくれればとこのブログを書いています。

 

【ライオンのおやつ】セリフ

名作と呼ばれる本には、自分について考えた答えがあったり、問いかけがあって、「私だったら」と考えるきっかけになると思います。

 

相手の気持ちを考えることも大事だけれど、自分はどう思うのかを大切にしたうえで相手を尊重しながら意見を交わしていく。

 

「生きていく上で大切な事なのかな」と今は思っています。

 

それでは主人公やその家族の心境をセリフ。

 

だけど、自分の感情を犠牲にしてきたのは、確かだ。

 

癌になる根本的な原因はストレスです、と担当医に言われた時も、自分にはストレスなどない、だから担当医が言っていることは間違いなのだと信じて疑わなかった。

 

人と話していて(自分の感覚とは違うな)と思っていても無理に相手に合わしていると、なんとなく疲れが出てしまってそれが蓄積されてストレスが溜まってくるのだと思います。

 

世の中は理不尽だけれども、「自分軸」や「自分」というものを知っていれば、ストレスの発散方法を知ることができ、自分なりにコントロールできるのかもしれないと思っています。

 

それがようやく分かったのは、40代後半の頃から。

 

これも人生経験というものなのでしょうか。

 

でも、こうしてただぼんやり海を見ていると、自分がこればでいかに無理をして、崖っぷちで生きていたかがよくわかる。

 

身体は、必死に悲鳴を上げていた。

 

このままでは危ないと警告を発し続けていた。

 

頭で考えているのと違って体は正直です。

 

体は症状として出してくれているのです。

 

だから、(なんかおかしいな)と本人や周りが気づいたら「こんなことくらいで」と思わずに、病院で正しい診断を見つけてもらうことだと思っています。

 

自分を守るということは何より大切です。

 

でも私はその声を無視して自分の生き方を変えなかった。

 

その結果がステージ4だ。

 

意固地になって、ひとりでがんばりすぎたのかもしれない。

 

真面目な人ほど頑張り過ぎてしまいます。

 

誰かに頼ると申し訳ないと思ったり、まだいけると頑張ると体が悲鳴を上げてしまうのです。

 

私は歯を食いしばるクセがあります。

 

その場でグッと我慢して言いたい事を言えずにきた結果なのかもしれません。

 

 

人生なんて、本当に蓋を開けてみないとわからない。

 

あんなに出産を願い、真剣に名前まで考えていた私は、結果的に子どもを身ごもることもなく、子宮自体をとってしまったのだから。

 

人生って本当に分からないものです。

 

心配したり不安になったりするときもあるけれど、(なるようにしかならない)と言い聞かせて、今いる一瞬を楽しむようにしています。

 

 

思い切り不幸を吸い込んで、感謝に変えれば、あなたの人生はやがて光輝くことでしょう

 

感謝の気持ちというのは不思議です。

 

「ありがとう」というと、気持ちがいいし、言われた相手もなんだか嬉しい。

 

心が落ち着きます。

 

人生ままならないことばっかりだもの

 

思うようにいかない人生だけれど、人の感情とは不思議なもので、気持ちの持ちようで変わるものです。

 

ですが、前向きになる前に必ず「負の感情」があります。

 

「どうせ」、とか「やっぱり」とか、どうしても自分が駄目な人間のように感じてしまうのです。

 

この「負の感情」が起こっている時に、前向きな言葉を伝えても心には届きません。

 

そんな時は何も言わず、心に寄りそう。

 

1人になりたい時はそうしてもらう。

 

もしくは黙って側にいる。

 

本人は(あ〜私は今こんなに落ち込んでるんだな)

 

その時はしっかり負の感情も受け入れてもいいんじゃないか。

 

そう思っています。

 

 

ライオンはもう、敵に襲われる心配がないのです。

 

安心して食べたりねたり、すればいいってことです。

 

ここにいるゲストたちは、私を含め、みんながライオン、百獣の王なのだ。

 

(あ〜だからこの本のタイトルはライオンのおやつなんだ)

 

私の声が聞こえたのか、お母さんが口元を手で押させて嗚咽が漏れるのを堪えている。

 

それから小さな声でありがとうございますとつぶやいた。

 

死を受け入れるということは、生きたい、もっともっと長生きしたいという気持ちも正直に認めることなんだって。

 

認める、受け入れるということの大切さ。

 

逃げずに、生きざまを考える。

 

そして自身の生き方をしっかり考えて行く。

 

それが生前整理なんだと思います。

 

生きたい。

 

この体のままもっともっと長く生きて、この世界にとどまりたい。

 

多分、私はマドンナに甘えているのだ。

 

マドンナならそんな私のわがままな感情も許してくれるんじゃないかと期待しているのかもしれない。

 

死を受け入れるなんて、そう簡単にできることではないと思う。

 

どこかで信じたくない。

 

私は自分で、自らの死を受け入れたつもりになっていた。

 

でもそうじゃなかった。

 

そう思う事の方が自分にとっては都合がいいから、受け入れようとしていたのだ。

 

確かに外堀は埋まっていたけれど、肝心のここ、私自身が、私の心が、死を受け入れてはいなかった。

 

私はホスピスに入りたいから、その方が楽で都合がいいから、死を受け入れたふりをしていたのかもしれない。

 

これは今まさに、知人が現実に思っていることなんだ。

 

そう思いました。

 

 

体が楽になると、心も軽くなる。

 

心が軽くなると、つられて体ももってお楽になる。心と身体は、本当に背中合わせの不死銀な関係だった。

 

1日1日をちゃんと生きること。

 

どうせもう人生は終わるのだからと投げやりになるのではなく、最期まで人生を味わい尽くすこと。

 

イメージしたのは、昔、父と住んでいた街の商店街にあったパン屋さんのチョココロネだ。

 

端から端までクリームがぎっしり詰まったあのチョココロネみたいに、ちゃんと最後まで生きることが、今の私の目標だった。

 

最後までクリームが入ってるチョココロネって見たことがないけれど、そんなチョココロネがあれば私も目標にしてみたい。

 

「最期まで見届けようと思う」

 

一番近くにいるのは知人の妻です。

 

彼女のその言葉には「死」を受け入れる覚悟と重みが伝わってきました。

 

生きることは、誰かの光になること。

 

生きている、その温かさは言葉では言い表せません。

 

ろうそく自身は自分で火をつけれないし、みずから火を消すこともできません。

 

一度火が灯っったら自然の流れに逆らわず、燃え尽きて消えるのを待つしかないのです。

 

あの時、どうして雫さんにあんな力があったのか、いまだに謎だ。どう見ても車椅子でしか移動できないからだなのに、雫さんはスタッフのふたりに両側から支えられて立ち上がると、自分の足で大地にたって畑を歩いた。火事場の馬鹿力って言葉があるけど、死に際の人にもそういう力が宿っているんだと思う。その人が心の底から経って歩きたいと願ったら、それにこたえるだけの力が身体には隠されているのかもしれない。

 

人は生きている限り、変わるチャンスがある。

 

この言葉を信じて今日も1日大切に過ごそうと思うのでした。

 

 

 

【老人ホテル】自分の人生だから 原田ひ香 

原田ひ香さんの小説には、お金や不動産投資について書かれてある内容が多いです。

今回もお金の使い方、生きるノウハウについて書かれてありました。

原田さんの小説は、お金についての考え方、生きていく為の節約方法などが分かりやすく書かれています。

 

物の値段を把握する

例えば、お昼ご飯に一袋5袋入ったインスタントラーメンにした場合、一袋がいくらなのか?

 

また1食幾らになるのか?

 

お金のことを何も知らない主人公天使(えんじぇる)に、なんとなくではなく、消費税まで含んだ金額まで計算させ、物の値段を把握するところから始まり、家計管理から料理方法まで教えていく姿は堅実な生活そのもので、家計管理が好きな私も楽しく読みました。

 

不動産投資

家計管理が好きな私ですが、不動産投資は向いていないと思っています。

 

まず不動産は値段が高いということ。

 

たとえオーナーになったとしても、売買経験が少なく女性ということで、騙されそうだから。

 

小さいころから人に「物を貸す」=「あげる」ということだと家で言われていた事もあり、私は物の貸し借りが今でも苦手です。

 

そんな私が、自分の持っている家や部屋を知らない相手に対して貸すといった事は性格的に出来ないと思うのでした。

 

それでも旅先で、気づいたら駅前のタイムズや駐車場等を見ていると、知らない間に一日の売り上げから人件費(ほとんどが家族でやっているのでいらないと思う)を引いて幾ら手元に残るのかといった計算はしてしまいます。

 

なので、光子が天使に不動産物件の選び方やノウハウを教えている内容は興味深かったです。

 

何事も実際に足を運んで自分の目で確かめるということは大切ですが、パソコンから読み取れる物件の情報(どこを見るのがいいのか、何がだめなのかなど)を知っていると、今後自宅を購入したり、借りたりするときに役立つ内容だなと思いました。

 

光子の最期

光子は、自分の最期をホテルの部屋で静かに亡くなりたい、そして、最期に伝えるべきことを天使に伝えます。

 

光子の願いは、病院にも誰にも知らせることなく、そのまま死なせて欲しいということでした。

 

私は光子が最後の望みを天使に伝えたとき、天使との出会いが光子にとっても良かったのではないかと思いました。

 

親子であっても、うまくいかなかったりすることもあります。

 

現実にも不正受給を含め、子どもに対しても、考えられない様な育て方をしている人がいます。

 

親のお金をあてにする子供もいます。

 

光子は限られている命の時間を意識したことで、自分のやりたい事、出来ていないことを明確にし、家族よりも、(この娘になら)といった気持ちと信頼する心があったことで、自分の人生に安心してピリオドを打つことが出来たのではと思うのでした。

 

 

 

【死に方が分からない】残された人生を楽しく生きるために  門賀美央子

人生100年時代というけれど、人間の遺伝子がまともに動くのが50歳前後で、「自立」と「要介護」のボーダーラインとされている年齢が75歳だとしたら、アラフィフの私にとって健康寿命(時間)は、限られてきます。

【生前整理】残された人生を楽しく生きるために

死後の手続きのこと

・市役所などでの手続き

・臓器提供などの手続き

・葬儀

・納骨

・遺品整理

・自宅(所有不動産)の手続き

・金融機関などの手続き

・有価証券などの手続き

・お金周りの手続き

・保険関係

・各口座の解約手続き

・ネットなどのアカウント停止

・必要な人への訃報連絡

・ペットなどのお世話が必要となる譲渡

 

考えるとこんなに沢山もの手続きをしなければならないのです。

 

臓器提供や献体を望む場合は家族や友人、もしくはエンディングノートや遺言にて伝えておくのがいいと思います。

 

そして自分の遺体をどうするのかは、後々家族や親せきからクレームがないよう、社会への影響がどういったものなのかも、考えておくといいと思っています。

 

友人は無宗教ですが、親戚にクレームを言われないよう世間体を気にし、お坊さんと戒名をつけたそうです。

 

お墓のこと

亡くなってからも決め事はたくさんあります。

 

その1つにお墓があります。

 

生前元気なうちに、入るお墓を考えておくこと。

 

もし、散骨といった自然葬を希望するなら、実行してくれる相手との打ち合わせは必要です。

 

jibunnnoikikata.hatenablog.com

 

 

jibunnnoikikata.hatenablog.com

 

 

遺品整理

以前にも書きましたが、孤立死をされた方がいました。

 

社会とのつながりを避け、片づけられないまま半ゴミ屋敷と化した自宅の寝室横で物にまみれて亡くなられていたそうです。

 

戦争を経験した方はなかなか物を捨てることができず、ずるずると物を溜め込んだままの方が多いと聞きます。

 

その末路は、誰にも見つけてもらうことなく、死後2か月ほど経った頃にようやく見つかったという事実でした。

 

生きている間は迷惑をかける相手もいないが、死後はそうはいかない。

誰かに後始末をしてもらう必要がある以上、その誰かの負担が減るように按排するのは独り者人生を全うする上での義務のようなものだ。

 

「こんだけやっとけば、いつ何があってもえーな」そんな風に言ってこの世を去っていきたい。

 

私はそう思っています。

 

jibunnnoikikata.hatenablog.com

 

やることリスト

身の周りの整理については次のいずれかになると思います。

・心から信用出来る友人がいれば友人に託しておく

・片付けは業者に頼むのであれば、予算を事前に用意しておく

・生前元気のあるうちに、自分で処分しておく

 

金融関係

・金融機関名と口座番号

・契約しているクレジットカード会社名と番号

・かけている保険の種別と受取人名

・株式・投資先

・負債(あれば)

 

友人は、生前中途半端にされていた親の不動産関係を本人なら1日で済むのを2か月もの時間をかけて処分しました。

 

(自分、何してるんやろう)

 

疲れ果てた友人と、ただただ面倒なだけの残された後始末。

 

生前の生きざまは、こういった時に出てくるもので、残された家族は、気持ちだけがマイナスになっていくのだと思いました。

 

前回の記事はこちら☟

 

jibunnnoikikata.hatenablog.com

 

 

jibunnnoikikata.hatenablog.com

 

 

jibunnnoikikata.hatenablog.com

 

生前にやるべきことはたくさんありますが、ポイントとして自分が、やってもらいたいことを整理しておく。

 

こういったことが大切だと思います。

 

残された人生を楽しく生きるために

今はまだ親がいて、親が倒れたらどうする?と思っていますが、自分が倒れても同じ。

 

そんな時の事前準備は

 

①健康-暴飲暴食を控え、出来るだけ毎日の生活に運動を取り入れる

②住居-生活の動線がシンプルであること(介護になっても住める準備)

③資源-お金といざとなったら頼れる友人・知人

④本人の意思-私は自分が何をしたいか?食べる事が好きなので、自分の歯で食べたいし、心配性で気が小さいので、自宅で最期を迎えたい

⑤緊急対応-近くに頼れる人がいるか。緊急の場合に対応できる人を把握しておく

 

こんなことを考えてながら、自分の葬儀を考えたとき、喪主を夫にしていました。

 

そして思いました。

 

(あ~私は夫より先に死ぬ前提だ)

 

夫とは、どちらが先に亡くなるか話す時があります。

 

お互い、自分の方が少しだけ先だというのですが、どうなることやら。

 

やりたい事はたくさんあるけれど、後に残されたら辛い。

 

出来るだけ健康で2人仲良く過ごせられるように、老後の自分の居場所を確かめ合いながら、やりたい事を早めに実行していかないとな。と思うのでした。

 

 

終わり。