コスモス50歳からの生前整理

今ある人生で満ち足りた時間を創り出せたらと思います。

【ほどなく、お別れです】感想

【PR】このサイトはアフィリエイト広告(Amazonアソシエイト含む)を利用しています。

「ほどなく、お別れです」には2つの意味が込められていました。

本当の意味を知ったとき、人は前を向いて歩いていけるんだと思いました。

 

【ほどなく、お別れです】あらすじ

故人の声を聞く事が出来るということを、隠しながら生きてきた主人公の美空(みそら)。

 

それが原因でなのか、思うように就職活動が出来ず、ひょんなことから葬祭プランナー漆原(うるしはら)と出会います。

 

美空の能力を知った漆原は、自身の持つ能力を活かすべきだと葬祭プランナーへの道へとスカウトするのでした。

 

美空には幼くして亡くなった姉がいたのですが、それには深い理由があり…

 

【ほどなく、お別れです】感想

亡くなった人が見える能力をもつ主人公が、故人からの伝言を聞いて、さまざまな家族に対し、故人や遺族に寄り添っていきながら、成長していくストーリー。

 

話の中ではいくつかのエピソードがあります。

 

それぞれが抱えるエピソードはどれも感情が入ってしまい、どうしても涙が出てしまいました。

 

妊婦の妻と産まれてくる赤ちゃんを楽しみにしていた夫。

「前日一緒にカバンに詰めたオムツや赤ちゃんグッズだったんだ」

 

5歳の娘を亡くした夫婦

「ずっとずっと闘病で、何一つ楽しい事をさせてあげられなかった。」

離れて暮らすのに理由があった家族

「あいつのせいで」

 

映画『ほどなく、お別れです』公式サイト

 

どのエピソードもある日突然で、誰にも起こり得ること。

 

特に幼くして子どもを亡くした自分を責める母親は、どうしても状況を自分と置き換えて観てしまうので、感情が入って泣いてしまいました。

 

多くの親にとって、(少なくても夫や私にとって)この世で一番大切なのは子どもたち。

 

私には息子と娘がいますが、2人ともに、この世に新しい命を授かった時から、これから先、どんな風に生き、誰と親しくなり、どんなことに熱中し、どんな人になっていくのか楽しみでそしていつも幸せでいて欲しい。

 

そう願っていました。

 

今もそう願っています。

 

親はいつまでも子供の笑顔をみていたいです。

 

そしてそれは子どもも同じ。

 

自分のせいで親が泣いていると心配してしまう。

 

妻に寄り添う夫と最後の母親の姿はとても眩しかったです。

 

ここでは映画の一部でしたが、葬儀を行うスタッフさんたちの、淡々とそしてスムーズな動きの向こうには映画よりも、もっと数えきれないドラマがあるのだと思いました。

 

葬儀ってなんのためにあるんだろう

葬儀って、何のためにあるんだろう?と改めて考えてみました。

 

遺された人が前を向いて歩いていけるように。


故人を見送るとき、残された人が、ちゃんと気持ちを整えられるかどうか。に尽きると思うのです。


亡くなった人の話のようでいて、この世を生きている私たちのことなんですね。

 

仏教では、日常生活において「刹那に生きる」ことは、日々の小さな幸せや瞬間に気付き、より幸福感の高い人生を送るといいます。

 

それは「今」を大切に生きる積み重ねなんじゃないかな、と思いました。

 

私も夫や両親や子どもがいて、ケンカしたり、ムカついたりすることもあります。

 

それは後から思うと相手の気持ちに気付かなかったり、ちゃんと話せていたかどうか。

 

想いを伝えられていたか。

 

その場の感情が邪魔をしたり、「まあ、いいか」で流してきたことばっかりだったなと思います。

 

朝、家を出てから、無事に帰ってくるかどうかなんて誰にも分からないのです。

 

だからケンカした後も、出来るかどうかは別として、必ずその日のうちに仲直り出来るように話したい、いつもそう思っています。

 

生前整理は後に遺された人へのメッセージ

亡くなってしまった人は二度と戻ってきません。

 

抱きしめることも、話すことも、ケンカする事も出来ないのです。

 

生前整理はそのためにあるのだと思っています。

 

誰を責めるわけでもない。


頭では分かっていても、どうする事もできない胸の内の苦しみは、薄れることがあっても忘れることはないのです。

 

遺族と故人と相続

今ここにいる遺族の気持ちはわかるけれど、亡くなった故人が何を感じ、どう思うかは本人にしか分かりません。

 

大切な人を失ってしまうかもしれない恐怖を想像すると、どうしても自分主観で考えてしまう私ですが、この世で私はたくさんのものを受け取ってきました。

 

そして自分はその世界を自分なりに必死に育ててきました。

 

出来ることなら、子どもたちにもその世界を素直に受け取り、世界は素晴らしいものだと感じてもらいたいです。

 

そして自身の最期は「ありがとう」と微笑みながら去っていきたい。

 

そう思うのでした。