
表紙に描かれた雰囲気の良いカフェで、コーヒーとホットケーキ、裏面にはクリームソーダが描かれています。
思わずカフェに入ってみたくなるように、本も手にしました。
【今夜、喫茶マチカネで】あらすじ
「実は、私には、今まで誰にも話してこなかった、秘密があります」
昭和29年に大阪の待兼山駅前で、父と母が始めた書店と喫茶店。1階の書店を兄が、2階の喫茶店を弟が継いだが、時代の流れもあり、65年続いた店を閉じることに。
残された数カ月間、月に一度開かれる夜会「待兼山奇談俱楽部」で、街にゆかりの人々が語るとっておきの思いがけない体験、生涯最高の思い出とは……。
人生の奇蹟が胸に沁みる連作短編集。
【今夜、喫茶マチカネで】作者 増山 実 (ますやま・みのる)
1958年大阪府生まれ。同志社大学法学部卒業。2012年に「いつの日か来た道」で第19回松本清張賞最終候補となり、それを改題した『勇者たちへの伝言』で2013年にデビュー。同作は2016年に「第4回大阪ほんま本大賞」を受賞した。
他の著書に『空の走者たち』『風よ僕らに海の歌を』『波の上のキネマ』『甘夏とオリオン』『ジュリーの世界』(第10回京都本大賞受賞)『百年の藍』がある。
【今夜、喫茶マチカネで】感想
全7話からなる連作短編集です。
第一話 待兼山ヘンジ
大阪大学の近所にあるカフェが舞台。
「待兼山奇談倶楽部(まちかねやまきだんくらぶ)」という題名の本がポストに投函されています。
なんでもその本は、ある不思議な体験をされた方々によってその出来事が綴られている本で、夫を亡くした妻、沖口妙子が郵便ポストから受け取るところから始まります。
第二話 ロッキー・ラクーン
ひょんなことから、「喫茶マチカネ」にて月一回開催されることになった「待兼山奇談倶楽部」。
第二話で話をしてくれるのは、「ロッキー」で小さなカレーのお店をされている70歳を超えた時任(ときとう)さん。
出身が宮崎や父と同じ歳であること、そしてビートルズのファンであることから、私も「待兼山奇談倶楽部」のメンバーになった気持ちで話に夢中になりました。
当時のビートルズの曲を初めてラジオで聞いた方たちは、声を揃えてカミナリに打たれた衝撃のよう。と言われますが、初めて「抱きしめたい」を聞いた時の私も同じ様な気持ちだったなあと遠い昔を思い出しました。
日本語訳の「抱きしめたい」ですが、「アイ・ウォント・トゥ・ホールド・ユア・ハンド」なので、直訳すると「君の手を握りたい」。
ただ「手」繋ぎたいだけやのに、日本語では「抱きしめたい」に。
そのことに突っ込んでいる時任さんに(わかる、わかる)と頷きながら、彼がビートルズの歌を自分で辞書を引きながら訳す姿が目に浮かびます。
結婚し子どもが出来、幸せに暮らしている時任さんですが、障害を持つ娘のおかげで、人生で「待つ」大切さを学んだと語る部分は、心に沁みました。
そんなビートルズファンだった時任さんが話す不思議なお話は、競走馬のお話。
カレー店をオープンさせるにあたって、つけた店の名前の由来やビートルズや馬に対する愛情がたっぷりと書かれてあります。
勉強になったのが、馬にはそれぞれ得意の戦いかたがあるということ
逃げ
スタート直後から一気に飛ばしてそのまま逃げ切ろうとすること。
先行
前半良い位置につけといて、後半にそこから抜け出して勝とうとすること。
追い込み
前半、最後方におって力を溜めに溜めて、終盤、一気に駆け上がって他馬をごぼう抜きして勝とうとすること。
差し
前半は中団から後あたりのグループで余力を残しながら、終盤駆け上がってくること。
一日中ビートルズの曲が流れている小さなお店で大好きなカレーを食べられる、そんなお店のオーナーの不思議なお話。
第三話 銭湯のピアニスト
第三話でお話をしてくれるのは、カフェでバイトをしている繭子の先輩。
ピアノが上手かった先輩がしていた、銭湯でのバイトのお話。
初めは、疎まれていた彼女もだんだんと打ち解けていく所は私も彼女と同じように嬉しかったです。
ビリージョエルの「ピアノマン」や米米CLUBの「浪漫飛行」など、音楽の内容も出てきます。
そんな彼女が語る不思議な出来事は、やっぱり不思議で温かいものでした。
第四話 ジェイクとあんかけうどん
戦争で息子を失った父親とその家族がフィリピンからやってきた少年との交流で不思議な体験をしたお話です。
フィクションですが、(もしかしたらどこかであるかもしれない)と思わせるような心あたたまるお話です。
第五話 恋するマチカネワニ
第五話のゲストはバー「サード」のマスター大さん。
カギっ子だった幼少時代に近所の3つ上の啓ちゃんと知り合い、一緒に化石採集に没頭します。
今では考えられない当時の子どもたちが遊ぶ姿は、懐かしい感じがしました。
ある理由でマチカネワニの化石を発見できなった時の悔しさや後悔、認めたくない気持ちが、どれも(私も同じ気持ち)に思えてなりませんでした。
過ぎてしまったことでも、「あの時」といった気持ちは誰にでもあります。
そんな大さんのマチカネワニの恋人の話は、物語を夢中にさせてくれました。
第六話 風をあつめて
今は一階の書店を兄が、二階の喫茶店を弟が引き継いでいます。
65年続いたお店を閉めることから始まった「待兼山奇談倶楽部」でしたが、とうとう残り2回となりました。
今回のお話は、兄弟もあまり知らされることのなかった父親についてのお話。
ずっと初めから聞いてる読者は、「どんな話」なのかワクワクします。
今回のお話は、あるおじいさんにから聞いた弁護士をしている女性のお話。
書店を開いた理由と関係があるお話の内容です。
当時の朝鮮戦争の出来事で気づいた暴力に対して暴力をもって対抗するのは間違いという事に気づき、自分に出来ることを探します。
自分が出来ることで、人に喜んでもらえることをすることが、大切だと気づくのでした。
待兼山の書店と喫茶店の原点の理由が分かったところで、こんなセリフ。
「あんた、いつもこの本をここで立ち読みしてたでしょう?よっぽど気に入ってるんやなぁ、と思ってね。ここでもう全部、読んだと思うけど、もし何か買いたいというんんなら、この本を。良い本を手元に置いておくのはいいもんですよ。何度でも読み返せる。それが、本のええところです。」
第七話 青い橋
最後に話すのは常連客の沖口さん。
最後なだけあって、一番オカルトで不思議な体験でした。
彼の残された人生を自分らしく過ごしたいという気持ちは素晴らしいと思いました。
失うものを怖れたり、悲しんだりするのではなく、残された日々がまだあることを幸せに思おう。
幸せというものは、気持ち次第。
人生は後悔の連続。
この本のラストはそんな後悔を無限の綱と書かれていました。
その意味は読むと納得できるのかもしれません。
ここで、岩葉文庫の「君たちはどう生きるか」が出てきます。
たまたま自分が書いた記事と重なるとちょっとうれしい。
jibunnnoikikata.hatenablog.com
書店のおじいちゃんが言った言葉が響きます。
「この世界を、少しでも平和でいい世界にするために、自分が良いと思った本を、みんなに届けることや」
私も自分が出来ることは少ないけれど、少しでも良い本を届けることが出来たらいいなと思いました。